マシュマロが撃てるバズーカ

やさしくはげしくいろいろかたる!!ズガーン!

どうしようもない淋しさをレコードで埋めた人

ノラ・ジョーンズの新譜のリード曲・"Carry On"という曲とTVを通じて接する機会がたまたまあって、その曲が大好きになってしまった。YouTubeでその曲のMVを探した。老夫婦の何気ない日常の中の、少し特別であろう瞬間の映像。その中に溶け込んで弾き語りをする彼女が、曲の(少しだったり大きくだったり)落ち着いた部分で、歯を見せず、くちびるをにっと引くように笑うだけで、ものすごく質量の大きなものを感じることができた気がして、すてきな人だなぁと思った。そういえばこの前レンタルショップ店で借りた青いジャケットのCDにNorah Jonesって文字が入ってたような、と思って、iPhoneに落として聞いた。タイトルは"Come away with me"。ピアノを習ってたこともあるからか知らないけれど、この、一つの楽器から、理論上は統制された音の粒が、時にゴージャスに、時に柔らかく、大量に弾けとぶのを俯瞰するような感覚を、わたしは穏やかな気持ちで受け入れていた。聞いているときには多分一人で、さしずめあの映像の中の彼女のように、歯と歯茎が外界に触れないような形で、にっと笑っていた。すっかりその人の楽曲の虜になっている自分に気づいた時はとりあえずWikipediaを見るに限る、というのが今のわたしである(安直すぎて自分で少し忌々しくもなる)。

ノラ・ジョーンズ - Wikipedia

生活を支えるために母スーは看護師として働き始め、兄弟もいないノラは家で一人となり、母の持つ膨大な数のLPレコードで寂しさを紛らわせた。

彼女は彼女だから、ここからわたしが話すことは個人的な趣味で持ち出した、まあつまり特に意味のない話なのだけれど、吉井和哉のことを思い出した。彼もひとりっ子で、レコードが大好きな少年だったような。(記憶が正しければ。)「ということは、わたしの中のスターのうち少なくともふたりは、小さいころにレコードを聞きまくってたんだ!」という小さな結論に達した。

そして家の中で数カ所の目星をつけて、今は離れて暮らす父親が残していったレコードを探してみた。寝室のクローゼットの一番下の棚に目当てのものは見つかった。全然膨大な数なんかじゃないけれど、わたしは本当に宝物を発見したような気持ちだった。"THE BEST OF JAZZ BOCAL"に"Oldies Golden Hit Pops"、あとは"THE RISE AND FALL OF ZIGGY STARDUST AND THE SPIDERS FROM MARS"、"LET IT BE"とか"MAGICAL MYSTERY TOUR"だったり。音楽少女とかじゃないわたしでもタイトルを知っているオリジナルアルバム数枚だけじゃなくて、音楽のジャンルがくくりになっているベストアルバムって、本当にすてきなものをお父さんは持っていたんだなぁと思った。早速電話をして居場所を教えてもらったプレイヤーは無事に見つけたのに、接続できるスピーカーを持ってなかった…という話は初出じゃない。つぶやいた。うん。どうしましょうかね。そのうち絶対に買います…

わたしは彼と彼女が「小さいころにレコードを聴きまくってた」というところに憧れのようなものを抱いてこのような行動をとったのだけれど、当の彼らにとってそれはただ、自分の生き方とかが自発的にしろ強制的にしろ決められてなんかいなくて、何をしてもよかった瞬間にやってたことが「音楽を聴くこと」だった、といったようなことなのだろう。そのような種類の人は根っからの職人さんのように感じられる。プロフェッショナルになる前からそういうことをしていて、結局プロフェッショナルになった人たちのことならそう呼んでもおかしくないかなあ。何をしてもいいときにしていたことがその人のまっさらな部分と直結するような気がするけれど、それだけではなく、淋しい時にしていたことが結局自己表現というかたちの生業に繋がった、みたいな音楽家がいたのか、と思った。「音楽は心」みたいな、抽象的でほんわかした道徳みたいな表現をどこかで聞いたことがあったけど、それをしんみりしたところから腑に落としてしまった。